銀河ぐらますガイド 造型分室

元プロモデラー・もこもこフジタの、やっつけ模型ブログ

先日、野本憲一氏から教えてもらったのですが、プロモデラーでタスクフォース代表の
千草巽氏が、急逝されたそうです。

追いかけていたわけではないので、今回、訃報を聞いてTwitterを拝見したのですが、昨年の11月まで元気にツイートされているようですので、ホントに急な病気だったようですね。
氏とはそれほど交流があったわけではなく、せいぜい何度か面識があった程度ですが、同年代の同時期に活躍された方です。
昔、数体のロボットがひとつのセットみたいになってる設定のアニメものがあって、自分が原型を作っていて、他のロボを千草氏が作っていたということが2,3回あったはずですので、割と引っかかりのある方です。

近年、同時代に活躍されたモデラーの方が、亡くなった話をよく聞きます。
長年模型を作っていると、やっぱり体に悪いんだな、などと感じたり・・・まあ、交通事故で亡くなった方などもいるので、一概にそういうわけでもないんでしょうけど、そんな感想を持ってしまうのは事実です。

私ら、いい歳とはいえ、そう亡くなる年齢でもないので、割合からいうと、明らかに一般人よりも多いようには感じますね。

まあ、そのへんの追求はこの話題にふさわしくないので、またの機会にですが、とにかく、
ご冥福をお祈りします。

最近製作記が続いたので、ちょっとどうでもいい話をしてみます。
どうでもいいので、気にならない人はスルーしてください(笑)

私は、結構長い間、ホビージャパンのライターをやってたほうだとは思うんですが、なんせ
何十年前
っていうレベルの話なんで、そらもう、世間には、ほぼ忘れられたレベルですw

それでも、かなり頻繁に紙面に登場していたほうなんで、たまたま、その時期にダイレクトヒットとでもいうか、多感な時期に見られた方ですかね? そういう方の印象に残っている場合もあるようで、時々、いまだにコメントを頂いたりして。
昔は、そんな風に、自分が誰かの中に残るとは思ってもいなかったです。
仮に誰かの心に残っていたとしても、もちろんインターネットもなかったですから、当時の感覚からすれば、そんな知り合いでもない人のことを知る術はないのが当然なわけで、それなら、残ってないのと同じことだったわけですよ。

まさか、ネットで誰でも気軽にコンタクトを貰える時代が来るとは微塵も思ってなかったわけですから、今になって、そういうのに触れると
ありがたい話です。ああ、ライターやってて良かったなぁ
と、しみじみ思う次第です、歳を食ったせいですかね。

でね、そんなだから、ありがたいことに、何十年前にやめたプロモデラーでも、インターネットには、多少なりとも、情報が載ってたりするんですよ。
それで、時々なんですけど、そういうコンタクトを頂いたりすると、ふと、自分のことを調べてみたりする時があるわけです。

昔はほら、若いですから、アホというか、なんかこう、HJの誌面というか、ぶっちゃけ編集部のノリ自体が、かなり
植木等的
な部分もあったせいもあって、調子に乗ってたというか、まあ、早い話が
バカだった
と思いますので、悪口言われるのは仕方ないというか、自業自得というか、つまるところは自分でも納得してスルーできます。

まあ、反面、業界から離れて何十年もたつ今だから、すごく客観的に振り返れると思うんですけど、あの時代の空気というか、漠然としてますけど、誌面の空気だとか業界の空気だとか編集部の空気だとか
他のライターさんとの兼ね合い
というところで、なんとなくなんですけど
自覚的にああいう傾向を演じなければならない、それが自分に課せられた役割である
という意識は若いなりにもうっすらとあって、それで意図的にやっていたところもあるんで、必ずしも調子に乗ってただけ、でもないんですけどね~
なんでしょね、アイドルが意識してアイドルを演じるとか、悪役が意識して悪役を演じるとか、あの感じです。
ま、もちろん、性格的に、単に勘違いで調子に乗ってただけ、って人もいましたけどw
これ以上は言い訳くさいんで言いませんけど、振り替えると、当時のライターさんは、そういう風に、自覚的に自分の役割を演じてた人が多かったと思いますよ。
ベテランなら松本州平先生とか山田卓司先生とかチョーダイおじさん田中先生とか、そうだったと思います、プライベートでお話すると、全然違う感じでしたからね。


ああ、話がどんどんズレました(笑)
ま、そこの昔話はいいんですけど、要するにですね、悪口とかこき下ろされるのは、自業自得というか、昔のしっぺ返しというか(笑) まあ、そんな風に納得してスルーできるわけです、ということを言いたかったわけです。
それはスルーできるけど、さすがにスルーできないのが、インターネット時代の誤情報です。

だってさ、ふと、自分のことを調べてみたりすると、
なんかネット上の自分が凄いことになってるわけですよ(笑)

超マイナーな私ですらこうですから、現役の漫画家さんとかだったら、さぞかし凄いことになってんだな、としみじみ実感できます。
ものすごいありもしないことを書かれて、メンタル弱いとやっていけない、というのはよく分かります。


まず、時々見かけるのが、私が「ボークスに所属していた」という記述なんですけど、そんな事実はありません。
ボークスは、早くから社員にガレージキットの原型を作らせる、という制度を作った会社ですが、私がボークスで原型を作っていた当時は、まだその制度はありませんでした、というか、明確に確立してませんでした。
私はあくまでもフリーでボークスの原型を作っていただけで、全くボークスとは関係してません。

GarageKit-26
GarageKit-38
GarageKit-39
▲無断転用です、すいません。確かに、ボークスでこんなんの原型作ってましたけど、フリーランスです。大量に作りましたね。今だから言うけど、この特撮系のシリーズはあまり売れないので、ギャラはめちゃ安く、趣味でないとやってられないレベルでした。


次に、MAXファクトリーに所属していたという説も、事実ではありませんが、これに関しては過去に記事を書いているのでスルーするとして、MAX○辺氏との確執でモデラーをやめた、という説も見かけましたが、そんな事実は一切ありません。
確かに、当時はその件で事実誤認があり、色々と思うところはありましたので、その経緯を記事にしたこともありますが、少なくとも表だって、確執と呼べるものがあったわけではありません。
そのような事実は一切ありません。


あと、根も葉もない噂で
病気になったのでモデラーをやめた
という話がありましたが
全くそんな事実はありません
しかも、「野本憲一氏のHPにそう書かれていた」という説明までありましたが、私の知る限りでは、ノモちゃんは、そんなこと書いたことは一度もありませんよw

最近ご無沙汰ですね、たまには遊びに来てね。
今度は車があるから楽なので、また坂本龍馬の墓とか、見に行きましょうね(笑)


そんなわけで、なんかそーいう事情だから
プロモデラー復帰して欲しいけど、プロモデラー復帰はしないだろう
みたいなことまで書かれてるのを見ましたが、そんなことはありません。
少なくとも本人は、やる気まんまんですw
ただ、現状では製作時間が取れないのでどうかと、技術的に今の水準をクリアできるかは別問題ですがw なんか水面下でぼちぼちと画策してたりはしますw


一番驚いたのは
既に死んでる
という噂ですね(笑)

みなさん、あの世からのブログを拝見しているわけです、はい、読むと呪われますので、呪いを解くには三人以上の人にこのブログを宣伝してください(笑)

ご丁寧に、遺作が「イデオン」だという、そんな話まで書かれてましたw

友人の野本憲一氏にこの話しをしたところ、私は存じ上げないんですけど、最後の作品がイデオンで亡くなられたプロモデラーの方がいるそうで、私もモデラー最後の(原型)作品はイデオンとしているので(本当はバルキリーなので違うんですが)、その人と混同されてるんだろう、とのことでした。

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▲その私が原型を作ったイデオンです。WAVEのEDシリーズです。今、販売されている各種のトイやフィギュアを見たあとでも、個人的にはコレがイデオンでは最良のプロポーションだと自分では思ってます、自分の趣味で判断してるんだから当然ですけどw



なお、私が当時モデラーをやめたのは、単に、その当時、仕事がなくなっていき、業界全体がなにやら低迷してきて、将来性がなさそうに思えたので
生活できなさそうに思えて、可能性のあるコンピューター分野に興味が向いただけのことです

なんせ、全く畑違いの分野ですから、そこで成功するためには、ある程度、今の仕事(模型)を完全に捨て去って専念するぐらいじゃないと、駄目だろうな、と思ったので、きっぱりと模型を捨てただけです。
幸いというか、そのおかげで、全く畑違いのコンピューター分野でもそこそこ活躍できて、たくさん著書や市販ソフトも出しましたけど、さすがに10年ちょっとでIT不況が来るとは思いませんでしたw

まあ、モデラーをやめた背景には、仕事で模型を作り過ぎて、うんざりしてきた、という現実もありましたけどね。
なにせ、全盛期の当時は、HJの作例と平行して、WAVEやVOLKSのガレージキットの原型、タカラの試作やバンダイの商品見本などなど、月に何作も作ってましたからね、徹夜の連続で、疲れすぎていました。
今のように、オタク商品が大量に売れる時代じゃないですからね、当然、個々のギャラも安いわけで、当時は、たくさん仕事しないと、生活できなかったんですよね。

当時は、まさか、こんな
1億総おたく
時代で、彩色された完成度の高いフィギュアが普通にそのへんで売られる時代が来るとは
想像もつかなかったんですよねー

想像ついてたら、プロモデラーをやめなかったと思いますけどねw


なお、コンピューターの仕事をしたせいで、デジタル世界というのは、どんなに凄くても実体がありませんから、逆に
物理的な存在である模型の良さ
を再認識できた、というのは、とても強くあって、それがモデラー復帰に繋がっています。
このへんの話も、いずれ書くといいかもしれませんね。

前回の続き、プロポーションの改造です。

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ケツ周りの改造途中の写真なので、なんかグニャってるのはご勘弁を(笑)
ケツ末端のフレーム部分です。

まず、フレーム後端に菱形の部分がありますが、ここはウインカーが着く部分です。
この部分までのフレームの長さを、一旦カットし、全長を5ミリほど短く改造しています。

その下に出ている四角い端が見えるパーツは、リアフェンダーのホールドパーツです。
が、これは元々、U字型で、側面から見てフレームの上に飛び出す形なんですが、これをパテ盛りして形状を変え、側面から見てフレームとツライチの部分まで下げています。
リアフェンダーのホールド位置全体を下に下げているわけです。
同時に、フレーム後端までの距離をカットしていますので、ホールド位置は前にも移動しています。

要するに、フェンダーの取り付け位置を前方、かつ下方に移動する大改造をしているわけです。
こうすることで、後部の間延び感を抑えると同時に、シートの円錐パーツにフェンダーがぶつかる問題を最低限にしています。


次に、フェンダーをずらしたことで、問題が多数生じます。
前の写真のフレーム左右の内側に突き出してる円柱が、リアフェンダーを挟み込むようになるんですが、フェンダー位置をずらしたので、円柱を延長し、この上に載せるような形に固定方法も変えてます。

フェンダー前部には、ボディ内に収まっているバッテリーをよけるための切り欠きがあります。
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フェンダーの位置を移動したことで、バッテリーが干渉することになってしまうので、フェンダーの切り欠きを深く削り取り、プラ板を張って穴をふさぎ、大きく変更しました。
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こんな風に改造してみました。
一度塗装したけど、作り直ししてるので、再塗装前だから、なんか色々飛び散ってますw

フェンダーの頭頂部にある長方形のところが、フレームについてるU字型のパーツに接着されるところですが、フェンダー位置をずらしたので、これも合わなくなっていますので、プラ板で作り直しています。

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前回の写真と細部の工程が前後してたりしますが、一度、以上のような改造をした時点の写真がコレです。
この時点では、一度はコレで完成かと思ったんですが、あらためてバランスを検討して、まだ気になるところがあったので、また改修です。

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先に掲載したフレームカット後の角度を変えた写真、ではなく、また改修し直したときの写真です。
一度フレームを短くカットしたけど、イマイチ、バランスがよくなかったので、やり直してあります、先に掲載した写真と見比べると、微妙に長さが違うのが分かるでしょうかね?

この後で、更に取り付け部を削り込んでフェンダーの位置を微妙に上になるように調整し、取り付け角度なども少しだけいじったり、微妙な位置調整をやってます。

こういう「作ってはやり直し」を延々とやってたので、なかなか進まないわけです。


そんなこんなで、なんとか、それなりに現時点で納得いく形になりました。
いよいよ、現状で、まあまあいい線いってるかな? と思える仮組みの状態がコレです。
じゃじゃ~ん!

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ウインカーやマフラーなどがついてないので、ちょっと想像力を必要としますが、かなり、コミックのイメージに近いと同時に、かなりI氏の作ってくれた図に近いと思います。
ぶっちゃけ、自分でも、立体だとクリアランスの問題で簡単に動かせないパーツが多いので、ここまで図に近づくとは思ってませんでしたよ(笑)

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以前掲載したこの絵を見てください。
タイヤとフェンダー、シートのスキマが少ないというか、めちゃタイトな感じになってるのが分かるでしょうが、コミックのイメージはまさにコレなんです。

実は実車のCBは、結構、いや、頭で思ってる以上に「ぼーん、とケツが上がった、ヒップアップな形」なんですよね。
タイヤとフェンダーのスキマなんか、すんごい空いてるんです。
まー、サスでタイヤが上下に動くんだから、仕方ないんですけどね、模型だと気にしないでいいからね。

なので、この改造、実は、ずいぶん実車とは変化してる大改造なんですよ。
どのぐらい違うかと言うと、はい、このぐらいです。

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キットの商品写真を、ほぼ同一スケールに調整して、並べて比較してみました。
上がキット、下が改造後です。
やっぱりマフラーがないとイメージが捉えにくいんですが、ケツ周りの変化は、もう一目瞭然ですね。
だいぶ前のことですが、比較すると、タンクのボリュームをアップする改造をしているのも分かると思います。


というわけで、ようやく、最大の難関は突破したような気がします。
ジェットエンジンは製作済み。
あとは飛葉オリジナルの泥よけ?フェンダーだなぁ。
どうやって取り付けるか、まだ全然考えてません(笑)

今回は、前回ちょこっと書きました、改造箇所の話です。

前回、ホイールを組んだので、やっとこさ、仮組みでタイヤを追加して、だいたいのイメージをお見せできるようになりました。

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▲前回作ったホイール。スチール線と真鍮パイプでスポークを張り直しました。面倒くさかった・・・・。

遅々として作業が進まないのは、もちろん作業時間が取れないから、がメインの理由なんですが、それ以外にも、トライ&エラーで良い感じになるまで改造を繰り返している、というのがひとつ。
仕事で作る場合は締め切りがありますので、最初に割とプランニングというと大げさですが、改造箇所やイメージを決めて作り始めるんですが、趣味なのでそういう面倒なことはせず、とにかく行き当たりばったりで、納得いくまで何度でも改造してます。

結果的に、こっちのほうが面倒なやりかたですけどね(笑)

いくらプランニングしても、実際に作ってみたらイマイチ、ってことも多々ありますが、締め切りがあるとそのままで行かざるを得ないこともあるわけで、このやりかたのほうが、面倒でも、より自分のイメージに近づけます。
最後まで根性が尽きなければ・・・ですが(笑)


もうひとつの理由ですが、何度か書いているように、私が「ホビージャパン」のライターをやってるときの編集者のI氏とやりとりが復活したので、昔の雑誌のノリというか、編集さんの意見を入れつつ作るみたいな感じ、あの時代のHJ的な作り方をしたかったので
作ってみては、写真を載せて、I氏の意見を聞いては、それをフィードバックして再度改造していく
みたいなやり方をしていたので、一度作っては、作り直し、みたいな部分が増えていて、進まないのもありました。

もちろん、個人個人で持ってるイメージが違うから必ずしも合致するとは限りませんので、その場合は、あくまでも作るのは私ですから私の好みを優先してはいますが、できる限り、納得いく範囲で、I氏の意見もフィードバックしているという形です。

で、今回は前後編に分けますが、メインは新造パーツと、プロポーションというか、車体のバランスの大幅な改造です。
ずいぶん時間がかかってしまいましたが、以前、I氏が、「実車をどのように改造すれば漫画のイメージに近くなるか」のイメージ図を作ってくれたので、その図に準じた改造を施しています。

とはいえ、「口で言うのは簡単」ではなく「絵で言うのは簡単」ですが、なにせ実車はクリアランスを考えてうまくパーツが配置されてますから、パーツをひとついじると、他がぶつかって整合性がとれない、なんてところなども多々あります。
本当に改造すると、各部のパーツがセミスクラッチで作り直しになると思うのですが、そこまではしたくないので、全く図の通りとはいかないまでも、可能な範囲でギリギリまでいじってみました。

結果的に、実車とは、相当にバランスが変わってます。

この改造が
いろんな部分のバランスの組み合わせでイメージが変わってくる
みたいな、かなり微妙な感じだったので、一度パーツを切って長さを詰めてみては、やっぱり思い直して元通り延長し直してみたり(笑) みたいな繰り返しで
何度も何度も
やってみてはバランスを見て、またやり直し、バランスを見る
みたいなことを繰り返していたので、ここまで時間がかかった、というのも事情です。

だんだん疲れてきて、途中で気分転換に「猿の惑星」の模型を作ってたりもしましたし(笑)


と、バランスの話をしてますけど、今回は前編なのでそこまで行きません、なんだよソレ(笑)

えっと、まずこのキット、時代からすればよく出来てますが、やっぱり結構、今だったらやらないようなディテール省略がされてます。
なので、気になるとこだけ、ちょこちょこいじってます。

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キャブレターを繋ぐ黒いパイプは、本来ゴムなので、両端を金属の輪で締め付けて止めてますが、そんなディテールは一切ありません。
(不思議なんですけど、このキットの商品写真には、その金属部分がちゃんとあるんですよね????)

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あんまり見えにくいところですけど、なんか気になったので、ちょいちょいと、手元にあったアルミでリングを作ってみました。

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全部作ってこんな感じにしました。


次、以前の記事から大きくかわったのが、飛葉カスタム独自のシート。
一度、クッションモールドを入れてみましたが、やはりしっくりこないので、埋め戻しました。
後で書く話に絡みますが、全体のバランス的にどうしても後部が間延びするので、シートの全長も前に写真を載せたときより若干延長してます。

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こちらは、以前載せたときのシートです。
シート後部のマグネット分銅?発射装置の円錐形部分は、以前はかなりとがった感じでしたが、I氏の好みを反映して、全面的に作り直しました。

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ちょっと加工過程が前後してる写真です。
この写真のボディはまだ改造中で、最終型ではありません、あとで説明しますが、ここではシートだけ見てください。
以前より、かなり丸みを帯びた形に削り直して変更してるのが分かるでしょうか?
シートの形状も若干変えてます。


飛葉カスタムはシートの形が独特なので、実車のシートよりも少し前後長を短くしないと、「立体的にしっくりくるバランス」になりません。
しかもケツがとがっているので、実車のケツがでかいシートとは、見えるバランスが異なって来ます。
詳しくは後で述べますが、物理的なクリアランスの限界までボディの全長やフェンダーの位置はずらしていますが、それでもシートの後部が空いた感じで、なんとなく間延びしたように思えるのです。
そこで、U字型のステー?のパーツを自作して、空間を埋める作戦に出ました。

こういった形状のパーツは、実は、実車のCB750でもK4以降の後期型には付いているパーツです。
原作でも、描かれているときと描かれていないときがありますが、これはおそらく、タミヤのキットを参考に作画されたときと、後期型の資料写真を見て作画されたときがあるためだと思われます。
ちなみに、アニメ版の設定では付いていることになっていました。

パーツはプラ棒を曲げて、基部をプラ板で作ってやりました。
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ここではK4タイプのパーツのつもりではなく、あくまでも漫画版の飛葉カスタムでのオリジナルパーツ、というイメージで、特に取り付け部などは実車のものに準じておらず、自己流でっちあげです。
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こんな感じになりました。
先に掲載した写真に、このパーツがついてますね。

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こんな感じで固定されます。
アレですよ、最近、スクラッチとかやってなかったですからね、久しぶりにプラ棒曲げてパーツ作ったら、なっかなか、うまくいかないのw
いやー、苦労したのなんのって(笑)

ってわけで、とりあえず前編はここまで。

ぼちぼちしか更新されない当ブログですが、どうにかこうにか、2018年を迎えました。

なかなか暇がないので模型を作れませんが、今後も、根気よくぼちぼちと更新するつもりですので、本年もよろしくお願い致します。

Hobby Japan-018

画像がないのも寂しいので、昔、「ホビージャパン」誌上に掲載した、ロボジョックスを載せてみました。
なんかめでたそうな感じがしたもんで(笑)
1990年12月号ですね、かれこれ27年も前ですか・・・(ため息)

余談ですけれどこれを作った当時は二足歩行ロボが身近になるなんて考えもしなかった時代ですが、今やご家庭でも、金さえ出せばコンパクトな二足歩行ロボが買える時代です
いまだに、私にとっては実写ロボ映画の雄は、やはり「パシフィック・リム」ではなく「ロボジョックス」ですので(「パシフィック・リム」も大好きですが)、いつか十数万円をロボに出費できるメドがついたら、動くロボジョックスを作ってみたいと妄想し続けております。

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