とりあえず、オモシロめなネタを優先してますんで、いきなり
ツノってなんだ?
と思いますが(笑)
たぶん、私が今までやった仕事の中で、一番メジャーなのはコレです
本家で前にも載せたんですが、ネタ的に面白いので、載せてみました。
▲コレ。いや、作ったのはゼノン石川じゃないですよ(分かってるって)。ツノ。このツノも、何度も作り直されてると思うので、この写真が俺の作ったやつかどうかは分からないですが。
私と聖飢魔IIは、妙に因縁があります。
デーモン小暮閣下は、MAX渡辺氏の後輩なんですね。
その昔、MAXファクトリーに手伝いに行っていたとき、「こんな面白いバンドをやっているやつがいる」という話を聞きまして、それが、実は、デビュー直前の頃の、聖飢魔IIでした。
今でこそ大メジャーですが、当時はメジャーデビュー前のインディーズバンドですので、誰も知りません。
後輩である関係で、デビューアルバムの発売前のサンプル版が何枚もありまして、一枚もらいました。
その段階で、ファンになりましたね。
もっとも、デビュー後は、評価はしているけど、好みで言えば、それほど好きじゃないんですが(笑)
そのレコードは、もう存在しないので、記憶に頼ると、内容が、キングギドラの声やら、キカイダーのドクターギルの台詞やら入ってて、かなりオタクくさかった気がします。
その後、発売された正式版のレコードは全然変わってました。
たしか、権利関係ヤバいので、修正されたという話だったように記憶してます。
デーモン小暮はめっちゃ大人しくていい人、みたいな話を色々聞いた覚えがあります(笑)
その後、聖飢魔IIはデビューして、どんどんメジャーになっていくんですが、メジャーといったって、後期に比べたら、まだまだマイナーな、数年後の時期。
当時、俺は東京の三鷹市に住んでいたのですが、そこに、ジャップ工房というレザーやシルバーなんかの工房がありました。
今では、だいぶ大きくなったみたいで、吉祥寺に移転しているので、知っている人も多いと思います
最近は、よく、特撮ものや、そっち系の映画とかの衣装なんかも作ってる、あそこです。
当時は、まだ、小規模な工房でした。
友人がそこに出入りしていたりしたので、割と知ってる場所でした。
そこが、聖飢魔IIの衣装を作っていて、その友人を通して、聖飢魔IIの小物を大急ぎで作って欲しい、と頼まれて、作ったのがツノ等です。
まだ、大メジャーじゃない時期なので、たしか予算はすんげえ安かったですよ、いや、単にピンハネされてただけかもしれませんが(笑)
うろ覚えなんで、間違っているかもしれませんが、ライブが迫っているので、大急ぎで作って欲しい、という話だったように記憶してます。
大急ぎだったので、きちんと原型を作る時間もないので、粘土で原型を作ってシリコンで型取りし、そこにキャストを流し込んで作りました。
頭につけて動くものだから、軽量化のため、内部をリューターで削って空洞にして、根元に蓋して、固定用のボルトをつけたのは、よく覚えてます。
シルバーで塗装して、傷つきやすい衣装だから、目一杯クリアで厚くコートしたはずです。
模型ってのは、雑誌には出るけど、映像メディアにはめったに出ない時代でしたので(インターネットなんか無い時代ですよ)、自分の作ったもんがテレビにしょっちゅう写ってる、ってのは、ちょっと嬉しかったですね。
ツノってなんだ?
と思いますが(笑)
たぶん、私が今までやった仕事の中で、一番メジャーなのはコレです
本家で前にも載せたんですが、ネタ的に面白いので、載せてみました。
▲コレ。いや、作ったのはゼノン石川じゃないですよ(分かってるって)。ツノ。このツノも、何度も作り直されてると思うので、この写真が俺の作ったやつかどうかは分からないですが。
私と聖飢魔IIは、妙に因縁があります。
デーモン小暮閣下は、MAX渡辺氏の後輩なんですね。
その昔、MAXファクトリーに手伝いに行っていたとき、「こんな面白いバンドをやっているやつがいる」という話を聞きまして、それが、実は、デビュー直前の頃の、聖飢魔IIでした。
今でこそ大メジャーですが、当時はメジャーデビュー前のインディーズバンドですので、誰も知りません。
後輩である関係で、デビューアルバムの発売前のサンプル版が何枚もありまして、一枚もらいました。
その段階で、ファンになりましたね。
もっとも、デビュー後は、評価はしているけど、好みで言えば、それほど好きじゃないんですが(笑)
そのレコードは、もう存在しないので、記憶に頼ると、内容が、キングギドラの声やら、キカイダーのドクターギルの台詞やら入ってて、かなりオタクくさかった気がします。
その後、発売された正式版のレコードは全然変わってました。
たしか、権利関係ヤバいので、修正されたという話だったように記憶してます。
デーモン小暮はめっちゃ大人しくていい人、みたいな話を色々聞いた覚えがあります(笑)
その後、聖飢魔IIはデビューして、どんどんメジャーになっていくんですが、メジャーといったって、後期に比べたら、まだまだマイナーな、数年後の時期。
当時、俺は東京の三鷹市に住んでいたのですが、そこに、ジャップ工房というレザーやシルバーなんかの工房がありました。
今では、だいぶ大きくなったみたいで、吉祥寺に移転しているので、知っている人も多いと思います
最近は、よく、特撮ものや、そっち系の映画とかの衣装なんかも作ってる、あそこです。
当時は、まだ、小規模な工房でした。
友人がそこに出入りしていたりしたので、割と知ってる場所でした。
そこが、聖飢魔IIの衣装を作っていて、その友人を通して、聖飢魔IIの小物を大急ぎで作って欲しい、と頼まれて、作ったのがツノ等です。
まだ、大メジャーじゃない時期なので、たしか予算はすんげえ安かったですよ、いや、単にピンハネされてただけかもしれませんが(笑)
うろ覚えなんで、間違っているかもしれませんが、ライブが迫っているので、大急ぎで作って欲しい、という話だったように記憶してます。
大急ぎだったので、きちんと原型を作る時間もないので、粘土で原型を作ってシリコンで型取りし、そこにキャストを流し込んで作りました。
頭につけて動くものだから、軽量化のため、内部をリューターで削って空洞にして、根元に蓋して、固定用のボルトをつけたのは、よく覚えてます。
シルバーで塗装して、傷つきやすい衣装だから、目一杯クリアで厚くコートしたはずです。
模型ってのは、雑誌には出るけど、映像メディアにはめったに出ない時代でしたので(インターネットなんか無い時代ですよ)、自分の作ったもんがテレビにしょっちゅう写ってる、ってのは、ちょっと嬉しかったですね。