銀河ぐらますガイド 造型分室

元プロモデラー・もこもこフジタの、やっつけ模型ブログ

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皆さんご存じのとおり、昨日2018年6月18日、大阪地方で大きな地震が発生しました。

最大震度を記録したのが高槻市、枚方市などですが
私の出身地は高槻市で実家があり、枚方市は違いますが、今の家から歩いてものの10秒で枚方市に入ります。
つまり、完全に精神的、物理的に直撃地帯です
幸い、実家のほうは、それほど被害はなかったようです。

我が家も、相当、物が壊れましたが、人間とペットは全員無事でした。
犬がちょっと、PTSDっぽくなってます。
結構、壊れたものを買い直すにのに、金がかかるレベルですが、二度と戻らないものは、ほとんど壊れなかったのは良かったです。

地震の経緯や惨状自体は、本家のブログに書いてるので、そこは省き、模型の話題だけ。

私の部屋は、模型を飾る棚があるのですが、なんせあの揺れですから、ひどいことになってるだろう、と思っていたのですが(外出中だった)、意外なことに、想像ほどの被害はなかったです。
ほとんど全てが落ちていることを想像していたのですが、壊れたのは数個のみ。
あとは棚の上に山積みしていた模型の箱と、模型の道具なんかは、全部投げ落とされてましたけれど。

どうやら、揺れの方向に対して、模型の棚が直角?だった、いや、直角なのか、平行なのか、説明が難しいですね、東西の揺れだったようなんですが、棚の正面は南北向きなので、横向けに揺れて難を免れたようです。
それとは90度角度が異なる食器棚や本棚は、片っ端から物が落ちていました。
それでも、棚の位置自体が、かなり動いていましたので、相当な揺れだったみたいです。
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▲こういうの、見る人は、何が落ちてるか見るでしょうね(笑) 詮索されるの面倒なので、ポイントだけ自分で解説しておくと(笑)上の写真で奥にあるのが模型専用の製作机。机の下にあるのは小型犬用のトイレ、フェレットを放したとき用のもの。散らばってるのは筆や塗装用のクリップ。HDDとかも落ちてる。手前にあるじゃばら筒はフェレットのおもちゃ。
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▲奥に扇風機やエレキギターが見える。フジミのウルトラホーク2号や、ポーラライツのエンタープライズ号、ゴジラ、MAXファクトリーのパシフィック・リムやメビウスのバットマンやギャラクシークエスト、パンナムの宇宙船(2001年宇宙の旅)などが散乱。お菓子の空き缶みたいなのはお菓子ではない。AMTから再販されていた、貴重なスタートレックのミスター・スポックの限定生産缶パッケージ、その下にあるのが映画版の金型改修版。ごく最近入手したので積んでたもの。奥のもちもちクッションに落ちてるのはHDD。基本、猫の寝床(蓄膿症で鼻水まき散らす)なので汚い(笑)

完成品で壊れたのは、このブログでも紹介していた、猿の惑星のコーネリアス、あとビークルモデルのスターデストロイヤー。
唯一、悔やまれるのが、30年ほど前に「ホビージャパン」の表紙を飾った「ロボジョックス」のマツモト13号です。バラバラです。
以前から書いてますけど、私、驚くほど昔は自分の作品に執着がなかったので、プロのときに作った作品はほとんど全部捨てて、一部は人にあげており、残ってるのは、マツモト13号ぐらいなんですよ。
言い換えると、それだけ思い入れがあった模型なわけです。
Hobby Japan-018
▲コレ。「パシフィック・リム」の原点、世界初の実写巨大ロボット映画。かつてはDVDなんてものはなく、ビデオもダビングで画質が悪く、そんな画面を見ながら必死で推測して「1週間でフルスクラッチビルド」したやっつけモデルだが、ふと、最近、資料を探してみたら、案外ほとんど似ていたのが驚きの発見だった。あの当時は、資料なんか手に入らないので、推測で作ったら全然似てなかった、なんて普通にあったのだ。

こういうことがあるので、模型の保管は大切ですね。
って、震度の割に、大きな被害がなかったので、こんなこと言えますけど、本当の震災が来たら、模型どころじゃないですものね。
そう思うと、贅沢な趣味だなぁ、とは思います。

先日、野本憲一氏から教えてもらったのですが、プロモデラーでタスクフォース代表の
千草巽氏が、急逝されたそうです。

追いかけていたわけではないので、今回、訃報を聞いてTwitterを拝見したのですが、昨年の11月まで元気にツイートされているようですので、ホントに急な病気だったようですね。
氏とはそれほど交流があったわけではなく、せいぜい何度か面識があった程度ですが、同年代の同時期に活躍された方です。
昔、数体のロボットがひとつのセットみたいになってる設定のアニメものがあって、自分が原型を作っていて、他のロボを千草氏が作っていたということが2,3回あったはずですので、割と引っかかりのある方です。

近年、同時代に活躍されたモデラーの方が、亡くなった話をよく聞きます。
長年模型を作っていると、やっぱり体に悪いんだな、などと感じたり・・・まあ、交通事故で亡くなった方などもいるので、一概にそういうわけでもないんでしょうけど、そんな感想を持ってしまうのは事実です。

私ら、いい歳とはいえ、そう亡くなる年齢でもないので、割合からいうと、明らかに一般人よりも多いようには感じますね。

まあ、そのへんの追求はこの話題にふさわしくないので、またの機会にですが、とにかく、
ご冥福をお祈りします。

最近製作記が続いたので、ちょっとどうでもいい話をしてみます。
どうでもいいので、気にならない人はスルーしてください(笑)

私は、結構長い間、ホビージャパンのライターをやってたほうだとは思うんですが、なんせ
何十年前
っていうレベルの話なんで、そらもう、世間には、ほぼ忘れられたレベルですw

それでも、かなり頻繁に紙面に登場していたほうなんで、たまたま、その時期にダイレクトヒットとでもいうか、多感な時期に見られた方ですかね? そういう方の印象に残っている場合もあるようで、時々、いまだにコメントを頂いたりして。
昔は、そんな風に、自分が誰かの中に残るとは思ってもいなかったです。
仮に誰かの心に残っていたとしても、もちろんインターネットもなかったですから、当時の感覚からすれば、そんな知り合いでもない人のことを知る術はないのが当然なわけで、それなら、残ってないのと同じことだったわけですよ。

まさか、ネットで誰でも気軽にコンタクトを貰える時代が来るとは微塵も思ってなかったわけですから、今になって、そういうのに触れると
ありがたい話です。ああ、ライターやってて良かったなぁ
と、しみじみ思う次第です、歳を食ったせいですかね。

でね、そんなだから、ありがたいことに、何十年前にやめたプロモデラーでも、インターネットには、多少なりとも、情報が載ってたりするんですよ。
それで、時々なんですけど、そういうコンタクトを頂いたりすると、ふと、自分のことを調べてみたりする時があるわけです。

昔はほら、若いですから、アホというか、なんかこう、HJの誌面というか、ぶっちゃけ編集部のノリ自体が、かなり
植木等的
な部分もあったせいもあって、調子に乗ってたというか、まあ、早い話が
バカだった
と思いますので、悪口言われるのは仕方ないというか、自業自得というか、つまるところは自分でも納得してスルーできます。

まあ、反面、業界から離れて何十年もたつ今だから、すごく客観的に振り返れると思うんですけど、あの時代の空気というか、漠然としてますけど、誌面の空気だとか業界の空気だとか編集部の空気だとか
他のライターさんとの兼ね合い
というところで、なんとなくなんですけど
自覚的にああいう傾向を演じなければならない、それが自分に課せられた役割である
という意識は若いなりにもうっすらとあって、それで意図的にやっていたところもあるんで、必ずしも調子に乗ってただけ、でもないんですけどね~
なんでしょね、アイドルが意識してアイドルを演じるとか、悪役が意識して悪役を演じるとか、あの感じです。
ま、もちろん、性格的に、単に勘違いで調子に乗ってただけ、って人もいましたけどw
これ以上は言い訳くさいんで言いませんけど、振り替えると、当時のライターさんは、そういう風に、自覚的に自分の役割を演じてた人が多かったと思いますよ。
ベテランなら松本州平先生とか山田卓司先生とかチョーダイおじさん田中先生とか、そうだったと思います、プライベートでお話すると、全然違う感じでしたからね。


ああ、話がどんどんズレました(笑)
ま、そこの昔話はいいんですけど、要するにですね、悪口とかこき下ろされるのは、自業自得というか、昔のしっぺ返しというか(笑) まあ、そんな風に納得してスルーできるわけです、ということを言いたかったわけです。
それはスルーできるけど、さすがにスルーできないのが、インターネット時代の誤情報です。

だってさ、ふと、自分のことを調べてみたりすると、
なんかネット上の自分が凄いことになってるわけですよ(笑)

超マイナーな私ですらこうですから、現役の漫画家さんとかだったら、さぞかし凄いことになってんだな、としみじみ実感できます。
ものすごいありもしないことを書かれて、メンタル弱いとやっていけない、というのはよく分かります。


まず、時々見かけるのが、私が「ボークスに所属していた」という記述なんですけど、そんな事実はありません。
ボークスは、早くから社員にガレージキットの原型を作らせる、という制度を作った会社ですが、私がボークスで原型を作っていた当時は、まだその制度はありませんでした、というか、明確に確立してませんでした。
私はあくまでもフリーでボークスの原型を作っていただけで、全くボークスとは関係してません。

GarageKit-26
GarageKit-38
GarageKit-39
▲無断転用です、すいません。確かに、ボークスでこんなんの原型作ってましたけど、フリーランスです。大量に作りましたね。今だから言うけど、この特撮系のシリーズはあまり売れないので、ギャラはめちゃ安く、趣味でないとやってられないレベルでした。


次に、MAXファクトリーに所属していたという説も、事実ではありませんが、これに関しては過去に記事を書いているのでスルーするとして、MAX○辺氏との確執でモデラーをやめた、という説も見かけましたが、そんな事実は一切ありません。
確かに、当時はその件で事実誤認があり、色々と思うところはありましたので、その経緯を記事にしたこともありますが、少なくとも表だって、確執と呼べるものがあったわけではありません。
そのような事実は一切ありません。


あと、根も葉もない噂で
病気になったのでモデラーをやめた
という話がありましたが
全くそんな事実はありません
しかも、「野本憲一氏のHPにそう書かれていた」という説明までありましたが、私の知る限りでは、ノモちゃんは、そんなこと書いたことは一度もありませんよw

最近ご無沙汰ですね、たまには遊びに来てね。
今度は車があるから楽なので、また坂本龍馬の墓とか、見に行きましょうね(笑)


そんなわけで、なんかそーいう事情だから
プロモデラー復帰して欲しいけど、プロモデラー復帰はしないだろう
みたいなことまで書かれてるのを見ましたが、そんなことはありません。
少なくとも本人は、やる気まんまんですw
ただ、現状では製作時間が取れないのでどうかと、技術的に今の水準をクリアできるかは別問題ですがw なんか水面下でぼちぼちと画策してたりはしますw


一番驚いたのは
既に死んでる
という噂ですね(笑)

みなさん、あの世からのブログを拝見しているわけです、はい、読むと呪われますので、呪いを解くには三人以上の人にこのブログを宣伝してください(笑)

ご丁寧に、遺作が「イデオン」だという、そんな話まで書かれてましたw

友人の野本憲一氏にこの話しをしたところ、私は存じ上げないんですけど、最後の作品がイデオンで亡くなられたプロモデラーの方がいるそうで、私もモデラー最後の(原型)作品はイデオンとしているので(本当はバルキリーなので違うんですが)、その人と混同されてるんだろう、とのことでした。

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▲その私が原型を作ったイデオンです。WAVEのEDシリーズです。今、販売されている各種のトイやフィギュアを見たあとでも、個人的にはコレがイデオンでは最良のプロポーションだと自分では思ってます、自分の趣味で判断してるんだから当然ですけどw



なお、私が当時モデラーをやめたのは、単に、その当時、仕事がなくなっていき、業界全体がなにやら低迷してきて、将来性がなさそうに思えたので
生活できなさそうに思えて、可能性のあるコンピューター分野に興味が向いただけのことです

なんせ、全く畑違いの分野ですから、そこで成功するためには、ある程度、今の仕事(模型)を完全に捨て去って専念するぐらいじゃないと、駄目だろうな、と思ったので、きっぱりと模型を捨てただけです。
幸いというか、そのおかげで、全く畑違いのコンピューター分野でもそこそこ活躍できて、たくさん著書や市販ソフトも出しましたけど、さすがに10年ちょっとでIT不況が来るとは思いませんでしたw

まあ、モデラーをやめた背景には、仕事で模型を作り過ぎて、うんざりしてきた、という現実もありましたけどね。
なにせ、全盛期の当時は、HJの作例と平行して、WAVEやVOLKSのガレージキットの原型、タカラの試作やバンダイの商品見本などなど、月に何作も作ってましたからね、徹夜の連続で、疲れすぎていました。
今のように、オタク商品が大量に売れる時代じゃないですからね、当然、個々のギャラも安いわけで、当時は、たくさん仕事しないと、生活できなかったんですよね。

当時は、まさか、こんな
1億総おたく
時代で、彩色された完成度の高いフィギュアが普通にそのへんで売られる時代が来るとは
想像もつかなかったんですよねー

想像ついてたら、プロモデラーをやめなかったと思いますけどねw


なお、コンピューターの仕事をしたせいで、デジタル世界というのは、どんなに凄くても実体がありませんから、逆に
物理的な存在である模型の良さ
を再認識できた、というのは、とても強くあって、それがモデラー復帰に繋がっています。
このへんの話も、いずれ書くといいかもしれませんね。

ぼちぼちしか更新されない当ブログですが、どうにかこうにか、2018年を迎えました。

なかなか暇がないので模型を作れませんが、今後も、根気よくぼちぼちと更新するつもりですので、本年もよろしくお願い致します。

Hobby Japan-018

画像がないのも寂しいので、昔、「ホビージャパン」誌上に掲載した、ロボジョックスを載せてみました。
なんかめでたそうな感じがしたもんで(笑)
1990年12月号ですね、かれこれ27年も前ですか・・・(ため息)

余談ですけれどこれを作った当時は二足歩行ロボが身近になるなんて考えもしなかった時代ですが、今やご家庭でも、金さえ出せばコンパクトな二足歩行ロボが買える時代です
いまだに、私にとっては実写ロボ映画の雄は、やはり「パシフィック・リム」ではなく「ロボジョックス」ですので(「パシフィック・リム」も大好きですが)、いつか十数万円をロボに出費できるメドがついたら、動くロボジョックスを作ってみたいと妄想し続けております。

最近、模型作って無いわけでもないんですが、地味な作業が続いてるので、あんまりブログを更新するほど見せることがありません。
そんなわけで、穴埋めに番外編。

ずっと本家ブログで書いてますが私の「無人島マンガ」のほぼトップは、望月三起也先生の
ワイルド7
です。
ワイルドのバイクをいつか作ろうと、キットだけは探して集めてるんですけどね
いずれ88ミリ砲搭載のセブンレーラーも作りたいと、希望だけはあるんですがね。

望月三起也先生、「いいかげん」なことで知られてますが、公式ファンサイトの月刊 望月三起也に「単行本によって微妙にワイルド7のエンブレムが違いますが、どれが正解なんですか?」と聞いたら「そんなにあるんだ?」と先生から返ってきた、という話が載ってました(笑)
じゃあ、この機会に公式エンブレムを作ってしまおう、ということで、40数年経って、ようやく公式エンブレムが出来たそうです(笑)
という記事を読んで、せっかく公式エンブレムが掲載されているんだからと
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その画像を拝借して、PCのカッティングプロッタでカッティングシートを切って、公式エンブレム作ってみました。
皺が寄ってるのは、貼付用の仮透明シートをテキトーに表に貼ったせいで、別に失敗じゃないですよ(笑)
車は黒なので、赤の面の顔とツノを切りヌクと黒くなってしまいます。
そこで、赤いシートと白いシートを2枚カットして、顔とツノは白いカッティングシートを赤にハメ込んでます。
コンピューター制御でカッティングしますので何枚でも正確に切り抜けますから、ピッタリ合うんですよね。

むろん、コレは愛車に貼る用です。

これ、ネタに出したのは、穴埋めの意味もあるんですが、手持ちのプロッタが0.3ミリぐらいのプラ板までなら切り抜けるので、工夫次第で模型にも使えるからです。
薄い板しか切れませんが、積層すれば形も出せるはずですね
もっとも、このプロッタを買ってからだいぶ年数が経ってしまい、今では3Dプリンタなるものが普通に買えますので、あんまり無理にプロッタ使って立体を作る意味はなさそうです。


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